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2016年3月26日 (土)

結婚 (分離と接続)

前提が繋がっている場合:

互いの道を共にして進化する必要があると確認できたとき結婚をします。

そして

今の地上にあるような、

問題が発生して離婚したり、一夫多妻や一妻多夫といったことにはなりません。

理由:

繋がっていることが前提の場合での

進化する道というのは「全体にとって必要なこと」となります。

考えがちな「二人だけの、、、」みたいなことにはなりません。

もちろん「二人」の関係性なのですが、それはまわり全体にも影響するということです。

一人ではできないことを二人でするわけです。

それはとても大きな創造のエネルギーです。

そしてそのエネルギーはまわりの存在たちにも大きく影響を与えるのです。

繋がっている世界で

結婚して歩む二人はそれを自覚しています。

なので、

「好きだから~~」とか

「財産があるから~~」とか

「なんとなく合うから~~」とか

「寂しいから~~」

「のりで~」などの理由では結婚はしません。

二人だけのことを考えているのではなく

全体のことも意識している関係性です。

全体のためになる結びなのです。

その決断と誓いの場合

互いを嫌いになったりして離婚することはありません。

たとえ、互いの思いに変化が生じ

道を別にしないといけなくなったとしても

それを疎まれることはありません。

そういった変化を押さえ込んだりして無理やり道を同じにする方が弊害があると認識されています。

変化を互いの進化のためのプロセスの一環であると認識されます。

極端かもしれませんが「嫌い」という感情、価値観も発生しません。

嫌いという思いが湧いてくるもっと前に話し合えるし、相手の変化の状況はテレパシーでわかるからです。

繋がっていることが前提なので、相手との関係性が変わってきたり、距離が変わったりしたとしても

「相手と離れてしまって寂しい」とはならないのです。

互いにどんな位置関係になろうとも繋がっている意識の中では分離することはないので

「別れたい!別れたくない!」という問題なども発生しないのです。

それよりも

パートナーのその変化を讃え、さらに影から支える役目も自然と芽生えるのです。

なぜなら、その変化は決して自分だけを優先させたものではなく

全体のことを忘れていない、そして全体にとっても必要な変化だからです。

そしてその変化に伴って自分にも相手にも必要なパートナー現れたり、

または一人の時間をじっくり楽しむことになるのです。

今、地上で「離婚」が発生する問題はそういった互いの変化を受け止め合うことができずに

「変化」ではなく「維持」にこだわってしまっていることで起こります。

そして離婚やその手の問題はほとんど「疎まれる」感じで受け止められます。

(ま、大概が相手やまわりのことを無視した自分勝手なものがほとんどなのでね。仕方ないですが)

そういった価値観も伴って「相手と別れる」というような変化は

「自分がこれからどうなってしまうのか、、、」

「世間から外れてしまっているのか、、、」

と不安を増幅させるのです。

その不安を解消しようと焦って安住の地を捜し求めたり、、、、

その不安が起きないように無理やり関係性を継続させようと必死になったり、、、、

で、結果、、、耐えられなくなり分裂(離婚)をする。

、、、、

これでは互いの最初の思いとはまるで逆のさまを形つくっているわけです。

繋がっている領域では「分離の意識はその状況をうむ」とわかっているので

決してその道を行きません。

なので、その自然に起きる変化に対してもっとシンプルに、嬉しく、楽しく受け止める方法を選択します。

その一つが「自分の思い、ストーリーを明らかにしていく」方法です。

それを自身にも、そして相手にもすることで「真に互いのことを知る」ことができ、

自然で強固な信頼関係を生みだし、互いの道のために必要なサポートをより的確にできるのです。

これが真のパートナーシップというものです。

自分の道を明らかにできない、隠したい、、、というような選択の仕方では

結果、相手もそうしているのではないかと疑心になり、信頼関係は成立せず

さらには自身の道をも見失うことになるのです。

そういったことから繋がっている領域では一夫多妻や一妻多夫はありませんが、

結婚する前であれば

女性に多数の彼氏がいたり、男性も多数の彼女がいたりすることはありえます。

お互いの道がいったいどうなのか、、、を

心のままに表現しあえる環境であれば、一時期に一妻多夫などのような形としては生まれてきます。

今、地上での恋愛観、結婚観のほとんどは

一対一を推奨し、それ以外をタブーとしていますが

繋がっている領域からするとそういった制限が

対人への関わり方や性に対する捉え方を歪めてしまい

さらにそれらを隠すような価値観のために様々な問題が発生していると見えるわけです。

ルールや価値観でタブー視をして禁止しなくても

繋がっている領域では

子供を授かり、役目をさらに進化させるための相手は多数は持ちません。

一つのところに多くのものが集まっている姿というのは一時的にはありえますが

ずっとその光景が続くことは「怖い」ことです。

なぜ、すっと?

なぜ、そのひとつに?

となります。

繋がっている領域からするとそれは自身を見失っている道になります。

自身の変化に優しく目を向けていけば、どんな存在とどんな対話をしたいのかは明白です。

それを謙虚に形にしていくのです。

その中で多数の存在と対話していく道も発生するかもしれませんが、

その道の中でも相手や互いの道の進化や変化を共有することで

結果、結婚まで至る存在は一人となります。

一人が十分であり、ぴったりなはずです。

一妻多夫などの関係は結婚して、、、というよりは

もっと別のミッションのための「チーム」みたいなものです。

繋がっている領域での「結婚」は

子供を授かるための道をともにいくためや、

自身とパートナーの道や技を極め、進化させていくための結びです。

それはチームである必要はありません。

二人で成すことをともに歩みながら形つくることを「結婚」といいます。

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