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2016年3月26日 (土)

科学・科学技術 (分離と接続)

前提が繋がっている場合:

地上では科学の分野と精神、意識は別、もしくは別分野のこととされていますが、

繋がっている領域では科学と精神(心)は密接に関係しています。

そしてそこから導き出される科学技術とその恩恵は人だけに対するものではなく

他の存在たちすべてを考慮されたものです。

それゆえにその科学技術やアイデアに対して、そのまわりのすべてからの最善の協力があります。

理由:

地上では、分離のマジックのおかげで科学と精神はわけて考えるべきとなっています。

精神のことは科学ではわからないから。

科学のことは精神ではわからないから。

とされています。

しかしこれはどうじに

科学では科学も精神もわからない。

精神では科学も精神もわからない。

ということにもなる。

なぜなら

今の科学でも哲学的な側面でもわたしたちがどうして生きてるのか、

そして「命」ことは説明しきれなかったり、不明な状態だからです。

「そういうものだから、、、」「そう言われてきたから、、、」というしかない状況です。

つまり

「なぜ自分がこうして動いていて機能しているのかわかりませ~ん」となっている

その「人間」という存在が思いついている科学や学問なのです。

今は、

細かくは見ることができたとしても、

見えたものがなぜそうのような形、または役目になっているのかは不明なままになってしまうのです。

何かと何かをぶつけてみたらこうなった。

何かを熱したらこうなった。

何かを潰したらこうなった。

といったようにすべて何かを影響させて現れた現象から物事を決めるやり方です。

「細かく見る」というやり方も「光」をあててかえってきた映像からそのような形なのだ、、というものです。

これは現実的には光というエネルギーを照射して影響させているので

本来のものとは違うのです。(波動の法則・足立育郎さん著)

つまり

「こうなったからこうだ」という現象をもとにして見極めるということは

可能性として非常に狭い視野でその正体を掴もうとしているとも言えるのです。

その知りたいことの事柄や相手の資質や内容を考慮せず

一方的に

光をあてて!

火をかけて!

水をかけて!

爆発させて!

といったような、相手がどんな影響を受けるのかはまさに二の次です。

、、、、

あー

あの子のことがもっと知りたいな~~と思ってアプローチするけど、

そのやり方が、一方的だったり、相手が傷つくものだったりしたらどんなことになるでしょう。

今の地上の科学は

それに必要な様々な要素たちが意識のある生命体である、、、とは思われていません。

繋がっている領域ではそういったことになりません。

まわりの鉱物や非常に細かい粒子まで、それぞれに意識があり進化の途中であることを理解して

その上で科学というものを構築しています。

それぞれの素材たちと対話しながら了解を得ながら作り上げるので

各能力を最大限に活かすことができ、

性能も耐久性も真に望んだものが出来上がるのです。

残念ながら今の科学の分野ではそういった対話はなされていません。

一部開発者の中には対話したり、その存在からメッセージが送られてきてそれを受け取っている場合がありますが、

それでもその相手が生きている存在であるという認識はかなり薄いわけです。

そのため、想定外のことや例外が必ず起きる現状となっています。

なぜその例外が起きるのか、、、、

なぜ想定外のことが起きるのか、、、

その謎は、、、まあほぼ謎のままです。

それよりも「自分が、、人が理解できる想定内」で現象化することに対してエネルギーをそそぎます。

「この程度なら大丈夫だろう」

「ここまではいけるだろう」

、、、

これはつまり

「例外が起きないように」という進み方になります。

しかし、例外や想定外のことがおきます。

、、、想定外のことが起きているということは、

本来はその想定外の領域まで影響する事例なわけです。

その部分を見ないようにすれば、

その作り出そうとしたものの本来のパワーや意識は引き出されずにいたり、

使い方が最適でないため中途半端なままでストレスがかかったままになるのです。

それがたまらず、溢れ出し、

「想定外」とされる予定にないような設定や動きでまわりや自身に衝撃を与えてしまうのです。

「後々になって、、、」「今になって、、、」というようなことが起きるのです。

そしてその想定外のことを「例外」として目を背けていたことで

それを見つめ、見極め、問題を解決し、さらに進むことの技がみがけていないために

今までの科学という枠では解決できない問題や課題が山積みになってきているのです。

なのに、今もその手法で進もうと必死です。

でもこれは、、

現実的には希望のとおりには進まないで崩壊してしまう手法なのですが、、、

繋がっている領域での科学はもちろん現象も見ますし、検証しますが、

それがなぜ行われているのかがとても大切です。

なぜ、そのような科学的な作用が必要なのか、、、

今の地上の科学は~~

最初のひらめきはとっても素敵な思いがあって、決して「自分だけが」というエゴの意識を台頭させたものではないのです。

「みんなのために、、、」という純粋な思いです。

しかし非常に残念なことに分離のマジックにかかっているので、

「みんなのために!」の心が離れてしまい「自分の家族が~」「自分の国が~」

と、自分の~~自分が~~というようにエゴの意識に変わっていくのです。

そのために最初は本当にみんなのためになる科学技術が、

一部の人のために使われるようになったり、みんなが滅亡するような使われ方になっているのです。

さらに細かく掘り下げてみますと、

この最初は素敵だったと思われる「みんなのため」という思いも引いた目で見てみると~~

「みんな」というのは「人」なのです。

「人」以外の「存在」はほとんどが無視された「みんな」なのです。

ですので、正確には「みんな」ではないということになってしまっています。

言っている内容は「み~~んな」となっているのに心の中では「みんなじゃない」と決めてしまっているのです。

それのおかげで今の科学は自然や様々なものに多大な影響を与え

もとに戻すことができないような未熟な様になっているのです。

言っていることとやっていることが真逆な様です。

しかも、それらの技術を発見、開発してきた人たちの多くは今の科学が

非常に未熟であり、まわりの動きを滞らせて、大きな迷惑をかけている、、、とお認めにならないでしょう。

「今までの科学発展があったから今の便利な生活があるんだろ!」

「もっと感謝してもらっていい!」

という思いがおありでしょう。

たしかにそうです。

その通りです。

感謝すべきことです。

、、、

では、ちょっと考えてみてください。

その今の便利な生活、、、、

「たしかに人にだけ便利ですが、そのまわりの生き物たちには不便極まりない状態ですね、、、」

「一部の人だけがゲットできて、全員には行き渡らないのですね、、、」

「みんなのための科学技術が人を殺すために使われるのですね、、、」

と、ツッコミをいれたとしたら、

「自分はすごいことを成し遂げてきた!」とお思いになっている方ほど

決してそれは自分のせいではないと言うでしょう。

たしかに使っている人の責任も多いにあります。

が、それを世に放った人にも

それが悪用されるということを察知できない先の読めない未熟さがあるのです。

そしてこのことからわかりますように、

この問題のポイントは

科学が問題ではないということです。

それを使う「人」の問題なのです。

使う人間の心の有り様と行いが原因なのです。

でも残念ながら先に申しましたとおり

分離のマジックのおかげで科学と精神は切り離されてしまっているので

使う人間の心は無視されてきたのです。

それが今の様を生み出しています。

例外や問題が起きているのに、それが解決できないから、それが起きないように~~

というような意識で進めば、あとでびっくりするような形でその例外が現れるのは必至です。

繋がっている領域の科学ではこういったことは起こりません。

発見したアイデアや科学技術は人だけを優先させたものではありません。

開発し使う人の思いが本当に「みんなのために」だからです。

人だけではなくまわりの環境や意識、見えるもの、見えないもの関係なく考慮にいれてあるアイデアだからです。

そのアイデアが物質的にも精神的にもどのように影響するのか、、、、

まわりの存在たちにどう関わっていくのか、、、、

非常に大切に、そして慎重に見極められます。

なので、実際

そのようにまわりのみんながハッピーになれるアイデアや技術が生まれるのです。

人の思いと科学は決して切り離して考えられないものなのです。

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