« 死 (分離と接続) | トップページ | 仕事 (分離と接続) »

2016年6月11日 (土)

時間 (分離と接続)

前提が繋がっている場合:

地上で捉えられている時間の概念はありません。

時計も必要ありません。

理由:

繋がっている領域では

何時何分などの時計を必要とする時間形態は採用しておりません。

過去、現在、未来、、、など

時の流れや経過をあらわす表現としてはありますが、

生活の中で常に使っているのは「たった今」という時を採用しています。

あとで、、

あしたには、、、

いつかは、、、

などの時間の都合で何かを待たないとだめな状態にはなりません。

常に「今」を意識しています。

「たった今」の心を行動に移します。

そして

時は時間としてだけで機能しているものではなく

空間(すべて)と連動し一体化しています。

時空間として機能するものです。

分離を前提としている考え方ですと

どうしても「時間」と「空間」をそれぞれ

見えないもの、見えるもの、触れるもの、触れないものなどの尺度で分離して捉えてしまうのです。

さらに時計というもので

見えない「時」というものを数値化し目で見ようとします。

この捉え方自体には問題ないのですが、

これに固執してしまい「時は刻んでいくもの」というように決めつけてしまうと

時の全体を見ることはできなくなってしまうわけです。

実際に時をザクザクと刻んでいるために時が分離してしまい

自分の過去や未来、今さえも見えない状態になってしまっています。

ザクザクと刻むことに目がいってしまうわけです。

実はそのことが原因で

「自分がいったい何者なのか」を見失っています。

自分がどんな道を進もうとしているのか、進んでいるのかにファーカスするのではなく

時が刻まれていく様にフォーカスしてしまって「時が過ぎてゆく~~」となってしまうのです。

そして自分がどんなところにいて、どんな方向をむいているのかがわからなくなってしまうのです。

これが

どうなるかというと、、、

分離を利用している者にコントロールされるわけです。

さらにそのコントロール下で

時間のサイクル(ミイラを運ぶベルトコンベアーの速度)を

強制させられることで「死」という価値観が作られています。

そうすることで

コントロールされる側は充分に成長できず、真の姿を見極めることも難しくなり未熟なままでボディを去ります。

この短いサイクルだと「真の姿」を見失っている存在をコントロールしやすいのです。

「早く!早く!」

「もっと!もっと!」

「だめ!だめ!」

「ほらほら!時間がないよ!」

と囃し立てて、真実から目を背けるようにします。

繋がっている領域ではこの手のコントロールは無効となります。

コントロール不能です。

だいたい他の存在をコントロールするなんてことがナンセンスであって

意味のないことだと知っています。

繋がっていることが前提の場合

時のサイクルは宇宙の流れ(自然なサイクル)を採用しています。

その流れに乗るだけでいいのです。

しかもその流れはどこか意図しないところへ行ってしまうようなことはないのです。

なぜなら、その流れと自身が一体となっているからです。

自由自在なのです。

時を分離して捉えるのではなく

繋がっている流れとして捉えることで

自分の過去、未来、今、全部を感じることができます。

そしてその最大の利点は

もし過去に犯した過ちがあったとしても

それを見失うことなく、それを再び繰り返さないための知恵を導き出すことができるからです。

さらにはその先さへも見通すことが可能なのです。

その道があるからこそ進化があるのです。

それが時空間の存在する意味です。

|

« 死 (分離と接続) | トップページ | 仕事 (分離と接続) »