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2016年8月 4日 (木)

楽しさ (分離と接続)

前提が繋がっている場合:

それぞれに合った楽しさを体験できます。

でも

地上のように何かを犠牲にしたり、周りに迷惑をかけて

楽しさを得ることはありません。

理由:

繋がっていることが前提の場合

「楽しさ」に制限はありません。

それぞれの立場や状態によって興味や何に取り組みたいのかは変わるので

「楽しみ方」は様々です。

楽しい時間や空間、関係性にも制限はありません。

でも

それらを無視したり、壊すような「楽しみ方」はありません。

そういった自分勝手な心や行為が「継続する楽しみ」ではないことを理解しています。

繋がっている領域では

「まわりは楽しくないけど、自分は楽しい!」では、

真の楽しみを体験しているとは言えないのです。

「楽しさ」というのは自分だけで成せるものではなく

自分以外のまわりの存在があるからこその「楽しさ」なのです。

まわりの存在に迷惑や害を与えるような「楽しさ」は「楽しさ」とは言わず

「自分を見失っている自己アピール」としか見えません。

この

まわりに迷惑をかけるような楽しみ方は

まさに分離している意識から発生しています。

「わたしはひとり、、、だれもわたしをわかってくれない、、、ぜんぜん楽しくない、、、」

と、日々の生命活動から喜びやまわりとの繋がりを感じられず悶々とします。

(繋がっていないなんてありえないんですがね!)

さらにその寂しさを素直に現すこともできず、どんどんストレスが溜まります、、、。

そして

それを解消、解放させるためにする心や行いが

極端な行動になってまわりをびっくりさせたり、怒らせたりしています。

「なんで見てくれないの!」、、、「いや!しらねーよ!」ってね。

繋がっている領域では

みんなが繋がっていることを認識しあうことで社会が機能しているので

「どうせ、おれはひとりきりだし、、、」はありません。

そして

日々「楽しくない」ことを強制させれることもありえないので、

ストレスを解放、解消させる必要もありません。

社会がちゃんと機能しながら、自分もしっかりと楽しめる!方法をみんな知っていて実践しています。

自分やまわりの何かを犠牲にする必要はないのです。

犠牲して置き去りにするのではなく、ともに歩む。

すべての存在と友好的に関わることが

「心身とも楽しめ、さらに進化もできる!」ことを知っているので

そうしています。

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