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2016年6月23日 (木)

旧ブログはこちらですー

新しい「人でなしMotoのたわごと」には

前の記事が載っていないので、もしお読みになりたい方がいらっしゃいましたら

旧ブログまでお越しくださいませ〜〜

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「分離の心」と「接続の心」の違い

今、地上にある問題のすべては「分離」した意識の集合から生み出されています。

「あなたとわたしは別。」

「わたしは何も持っていない。」

前提が「自分には何もない」、、という意識が今の様々な現象を形にしています。

何もないので、希望のものを得るために探し、求め続ける意識、生き方です。

この分離のマジックにかかったまま意識が拡大、集合すると今の現状ができあがります。

しかし「分離」の反対の「接続」を前提とした意識で行動すると

今までのありとあらゆる問題は解決します。

それぞれの項目が

つながりを前提とした場合、どのように変化し、機能していくのかを記させていただきます。

ご希望の項目をクリックしてくださいませ。

・3月26日

」 「ゴミ」「コンピューター」「お魚」「お酒」をアップさせていただきました〜〜

・5月27日

作業」 「寂しさ」 「」をアップさせていただきました〜

・6月11日

時間 」「仕事」「自由」「宗教」をアップさせていただきましたーー

・6月23日

重力 」「商業 」「情報 睡眠ストレス

スポーツ税金」「 政治」「 選挙」「 戦争」 をアップさせていただきました〜

悪魔

アセンション

あそび

雨(天候

意識

宇宙

エゴ

エネルギー

大人

科学(科学技術)

学校

家族

金(お金)

環境

感情

木(樹木)

気候

教育

金属(鉱物)

空気

子供

芸術

芸能

結婚

健康

建築

公園

交通

ゴミ

コンピューター

お魚

お酒

作業

寂しさ

時間

仕事

自由

宗教

重力

商業

情報

睡眠

ストレス

スポーツ

税金

政治

選挙

戦争

選択

体力

食べ物(食事)

楽しさ

ダム

地下

地球

地上

辛さ

釣り

テレパシー

電気

デモ

天国

天候

天使

電磁力

電話

動物

日本

人間

年齢

農業

乗り物

波動

パニック

反抗期

秘密

病気

文化・文明

平和

法(法律)

魔法

未来

目(視力)

問題

UFO

幽霊

妖精

陸上

輪廻

霊界

歴史

上の項目以外にどうなるのかお知りになりたい項目がありましたらご連絡くださいませ。

右のプロフィールからアクセスください。

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分離のマジックに惑わされないで、、、、

人の心の中の大部分を占めている意識、、、、

「分離」

「ない」という思いが前提になっている。


「ある」と思っていたとしても、それは「離れていく」と思っている。


その思いから「求める」ことになる。

求め続けることになる。

求めているものと繋がったと思っても、それが離れていくと思っているから、、、

実際に離れていく。


だからいつまでたっても平和が形にならない。

大部分の人は心の中が「平和」ではない。

なんとかして、この身体を保たせ、生きながらえるか、、、が人類の宿命だと。


それをなんとかするために、、、、

お金を求める

愛するものを求める

健康を求める

空間を求める

指導者を求める

平和を求める

自由を求める

本当の自分を求める

そして

その求めている姿がそのまま形に。

求めている。

離れてしまうから。

離れているから。

それがそのまま現れる。

それが形になる。


分離のマジック。

そのマジックから解かれた世界。

分離のマジックが無効な領域がある。

求めた瞬間からそれが創造される領域。

繋がりのマジック。

求めているものはすでに目の前にあると知ればいい。

そして希望のものを手にするために動けばいい。


平和を形にしたいのであれば、、、、

平和の心、、、その心で動けばいい。


立ち上がるときも。

歩くときも。

すれちがうときも。

話すときも。

ひとりのときも。

みんなとのときも。


そこからは平和が形になっていく提案と実践が生まれてくるだけ。


分離のマジックに惑わされないで、、、、


繋がりのマジックをオンにしてみませんか?


そしてご自分の封印していた真の根元とも繋がってみませんか?


求め続ける、、、から、、、創造するときではありませんか?

自らが平和を。

「自分が存在している理由」の略 = 自由 = 分離のマジックの無効な領域





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戦争 (分離と接続)

前提が繋がっている場合:

ありません。

ありえません。

理由:

戦い、相手を傷つけたり、抹殺しようとすることは

結果、自分自身の自由を奪い、自分を殺すことと同じだからです。

戦争、、、そして戦うことで

目的の場所にたどり着くことはないことを知ってます。

そしてなぜ

戦う(過去に)のか、の理由も知っています。

戦い相手をねじ伏せるようなやり方が

非常に未熟な段階であることも知っています。

なので、それは選択しません。

繋がっている領域の存在たちの過去には

分離し、戦ってきた歴史があるのです。

それを経て、それが無益であることを悟り

別の法則を利用することにしたのです。

「すべては繋がっている家族である」という法則に。

それを全うすることで戦争、戦いはなくなります。

戦うのは

分離している前提のもと

相手を「自分を傷つける正体不明の者だ!」と認識しているからです。

ですが、繋がっている領域からするとありえないことです。

相手も自分だからです。

すべては繋がっていて「ひとつ」です。

その観点からみたら、、、

自分は決して傷つけられることはないし、相手にもそうするのは無理である、、と。

鏡の前にいる自分を敵だと思って殴り、手を怪我する、、、、。

気狂いの沙汰です。

繋がっている領域では

それは選択しません。

相手の正体は不明ではないからです。

自分と繋がっている家族、兄弟、姉妹なのですから。

しかし、これが「分離のマジック」にかかっていると、、、

目の前が歪み、盲目にさせられてしまいます。

そして真っ暗闇の恐怖の中で、さらに正体不明の何かがぶつかってくる恐怖、怒り。

この精神状態ですと、、、

結構簡単にコントロールされます、、、、

ほーらほら

戦いなさ~~い、、、、て。

でも

もう惑わされないで、、、、

真の自分と真の家族を思い出す時ですよ。

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選挙 (分離と接続)

前提が繋がっている場合:

みんなが清き1票を出します。

不正などする人はいません。

意味のないことです。

理由:

繋がっている領域でも選挙をするときはあります。

評議員を選出するなどです。

自分をアピールする機会はあったとしても

今のような選挙運動にはなりません。

そもそも

もうそこは平和な空間なので

「こうしなくちゃ!だめだ!」

「こっちの方がいい!」などのアピールは必要ないわけです。

さらにその立場になることは

とても名誉なことですが、それで偉いとか

権力を持てるなどはありませんから

選ばられるためにいろいろな作戦や策略をたてる必要もありません。

なので

とてもクリーンに選ばれます。

もし選ばれなかったとしても

それでその人の価値が下がることなどありません。

ちゃんと自分がまだその段階ではないことを受け止めることができます。

ですので、その人もまたさらなる進化を目指し、それを形にできるのです。

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政治 (分離と接続)

前提が繋がっている場合:

政治というようなもちろん解釈はありますが、

地上のものとはまったく違うものとなります。

理由:

繋がっていることが前提での制度やシステムになります。

大小関係なく、ひとつの社会、コミュニティーには

評議会がひとつ以上あり、それで成り立っています。

政党、野党、与党などはありません。

そのコミュニティーの進む方向を

互いの意見を戦わせて決めることはありません。

たとえば

意見の違うテーマなどが発生したら、

それらは評議会へ持ち込まれます。

そして評議されるわけですが、

そこでは決してどちらかを強制するようなことはありません。

評議される基準は愛に基ずいているか、、、

他者に対して害がないか、、、

さらに過去(過去世)の出来事(過ちも)も考慮した評議となります。

なので、意見の違う者同士であっても

それの理由、そして目指すところは同じであることを知り

妥協ではなく、よりよい案として評議内容を受けいれることができるのです。

もちろんその評議するメンバーは

みんなマスター(覚醒者)です。

決して慌てず、驚くことはなく、冷静にその事例に対して向き合えます。

そして両者の納得する道を提案します。

評議メンバーはたくさんはいりません。

それに入れ替わります。

そうすることでちゃんとみんながリーダーである自覚や

その役目を体験し、鍛錬できるのです。

その立場にしがみつこうとする人はいません。

評議員が優れているとか、偉いとか、そういった価値観はありません。

その役目があるだけで、

その役目の違いで優れている、いないの差はありません。

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税金 (分離と接続)

前提が繋がっている場合:

ありません。

お金が必要ないので

そういった制度もありません。

理由:

地上でいう税金というのが

繋がっている領域では「その人の心、動き、すべて」です。

繋がっている領域は

そういったものすべてで社会が成り立つと認識されています。

お金、そしてそれを集める「税金」という制度では

成り立たないことを知っています。

今、地上では「税金」は当たり前のことで

それをたくさん納めることはよいことであるとされています。

そして

この制度は

その人がいる社会をその人の力も使って形成するというものです。

そして人によって使われる力の大きさも変わります。

たくさんお金を持っている人はたくさん出すように、、、とか。

それでみんな平等に力を使うことになって社会も成り立つ。。。と。

しかしこれは理想であって実現はできていません。

多くの人がたくさんは出したくない!、、、、と思っています。

で、実際に出したくないから、隠したりして~~

で、ちゃんと出してもらうためにたくさんの策がたてられて、、、

出さないと罰を与えるぞ!って、、、、

わお、、、、これってなんなのでしょう、、、???

よい社会を作りたいと思っているはずなのに、

それに対して自分の持っているものはあまり出したくないと思ったり、、、

出さないら痛めつけるぞ!、、、って強盗みたいなことしたり、、、

もうめちゃくちゃです。

分離を前提として作られている「お金」そしてそれにまつわる

「税金」という制度は

それを離したくない!という意識から

制度が成り立たなくなる矛盾を生じさせてしまうのです。

繋がっている領域では

お金ではなく、その人自体が価値ある存在なので

その人の力を全部発揮してもらい社会を成り立たせます。

もちろんその人は犠牲だなんて思いません。

ぜひ使って!ってなります。

もっとみんなの役にたつには!ってなります。

しぜんと。

だって本当にそれで社会もその人もよくなり進化できるわけですから。

みんな(人だけじゃありませんよ)でこの社会(生態系)は成り立っていることを

忘れなければ、ごくごくしぜんにできることです。

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スポーツ (分離と接続)

前提が繋がっている場合:

体を動かすスポーツはあります。

でも、争ったりすることはありません。

理由:

繋がっている領域でもスポーツはあります。

みんな大好きです。

そしてみんな上手です。

自分のボディと対話し最大限にそれを活かします。

そして競ったり、争うことはしません。

??

では一人でやるスポーツしかないのか?

いえ

でも

もちろん

一人で取り組めるものもあります。

でも、二人で。多数で。のものもあります。

だったら、争うじゃないか!

とお思いになるでしょう。

でも

争わないのです。

争わなくてもスポーツはできますし、十分に楽しめます。

こたえは簡単です。

互いの進化のためにスポーツをすればよいだけです。

それは争いではありません。

濃密な対話です。

、、、

と言われても

ピンとこないかと思われますが、

今、地上で行われているスポーツと大きく違う点があります。

それは「なんのためにやっているか」です。

今、

スポーツのほとんどは「自分の立場を守るため」に行われています。

まあ、それはスポーツだけに限らないわけですが、

自分が生きて行くのに「必要な地位」があり、それを守るために争う必要がある!と思っています。

つまり

負ければ、生きて行くのが大変になる、、、と思っているわけですね。

これは繋がっている領域からすると??と思うことで、

「生きて行くのが大変!」って何?となります。

「生きていること」「自己を認識できている」こと自体が奇跡であり、

とっても素敵なことなのに

それが「大変!」ってどういうことなのかしら?と。

繋がっている領域では

地上のような生活弱者は一人もいません。

生活に必要なものは全部フリーです。

それをみ~んなで作って共有しているので当たり前です。

なので、

「生活ができなくなる~~」「どうやって暮らしていったら、、、」はありません。

そういった環境、そして不安のない精神状態で何かに取り組む場合

勝ち負けや損得で何かを選択することはありません。

それ自体が無意味です。

それよりも「もっとよりよくするために」は、、、

「もっとまわりのみんなも、自分ももっとよりよくなる」にはどうしたら~~となります。

それに勝者も敗者も必要ありません。

なので、

繋がっている領域で行われるスポーツでは

相手も自分も最高の状態であることを望み、目指します。

正々堂々なんてのは当たり前です。

言う必要もありません。

自分と相手の最高の状態で向き合う。

そしてもちろん立場を守るためではありません。

自分と相手のさらなる才能、進化を発揮するためにです。

実際にそう思って、そう動くので、そうなるわけです。

でも今は残念ながら

ほとんどの選手たちが「相手が自分よりも下であってほしい」と思っています。

そんなことは思う必要はないのです。

自分が最高の状態であるように心がけるだけでよいことなのですが、

「相手よりも下だと嫌!」「相手の調子はどうなの?」と思ったりします。

これは最高である自分にとっては余計なことを考えている状態なのです。

そして

まさに最高の自分から脱線しているので、

実際に最高の自分を引き出させなくなるのです。

まあ、もしかしたら試合には勝つのかもしれませんね。

でも、それってどうなんでしょう?

相手の調子が悪かったり、悪くなるようにしたり、望んだり、、、

で、相手がホントに調子を崩してたりして、、、こっちは圧勝!、、、、って。。。。。

なんでしょ、、、その勝負。。。。そんなのが勝負って言うの?

それに単純に

格好いいっすか?

勝って、すげ~~~!ってなります?

繋がっている領域でのスポーツではブーイングはありえません。

讃えたり、応援はあります。

それに当たり前のことですが

相手がいるスポーツなら相手よりも点数が上などの差はでます。

それぞれの個性とレベルがあるので。

でもその差で自分の立場が下になることはありません。

どちらが上?下?を決めるものではありません。

どちらかを倒すものではなく、

どちらもレベルアップ!をするためのものです。

スポーツは

点数が出るまでも大切ですが、そのあとどう取り組むのかが重要なのです。

でも残念ながら

今、地上で行われているスポーツのほとんどが点数を気にして

それに対して上下の価値をつけるものになってしまっています。

数字が出なければ、、、評価されない、、、、

で、

厳しい言い方をさせていただきますが、

こうなるともうこれは

スポーツでも、スポーツ選手でもないんです、、、

、、、、

ただの中間管理職でヒーヒー言ってるオジちゃんと同じなんです。。。。

出世しないとー!!って。

勝たないと!!って。

でも、もっと若い頃や最初は違うんです。

純粋にスポーツを楽しんでる。

それにわずかですがいます。

自分の進化のために純粋にやっている方も。

とくにみんな若い頃はそうですね。

純粋にうまくなりたい!って思ってやってます。

だから実際に強いですよね。

でも、、、

注目をあびたり、歳を重ねると、

だんだんとまわりに多くの人たちが集まってきて、、、

うまくなりたい!、、、よりは、

「みんなの面倒をみないと、、、」とか「じゃまだな~~」とか「もっと有名になりたいな~~」とか、

いろいろですが体を動かすこととは別のことに意識を向けてしまうようになって、、、、

最高の状態でいることができなくなり、

結果、評価が下がってしまったりします。

そうならないように選手達は必死です。

その中で渦巻く思いや感情が実際に選手自身を過酷な状況に追いやっています。

怪我をしたり、使いすぎて痛めたり、、、、

もっとやっていたいのに、、、

できなくなってしまいます。

獲得できる点数が下がるだけで、そうなります。

繋がっている領域では

そういったことはありません。

内容としては

相手や環境を傷つけたりするものはありません。

進化できませんから。

力が強い。

殴り合いが強い。

で評価されるものはありません。

相手を殴り倒して「すごい」というような評価にはなりません。

もし

本当にすごい者同士の場合

殴り合いにはなりません。

よね?

双方、すごいわけですから

拳が当たらないはずです。

かわし合いになるだけです。

それならやらなくても同じですね。

そして

そのくらいすごい人は

相手が弱い場合は決して交えません。

達人が素人に手をあげることなどありえません。

繋がっている領域の人たちはみんな本当の達人です。

なので、相手を傷つけたりするやり合いをして

どっちが強いんだ!って決める必要はないのです。

そして

「みんな上手、達人」とありますが、

もちろん最初は苦手だったり、あまりうまくない時期もありますが、

それは長くは続きません。

今、スポーツが苦手、運動神経が悪い人がいるのは

子供の頃だけではなく、体が大きくなっても

それを動かすことを「たっぷり楽しんでいない」からなのです。

遊ぶ環境、時間がなかったり、よきアドバイスをくれる環境がなかったりと、、、、

本来わたしたちは

子供の頃にだけではなく

日々の生活の中でもっと体を活かしたいのです。

そのためのボディですから。

でも現実の日々の動きは、、、「立場をしっかりと守るために!」と慌てて

「こっちかな?あっちかな?」と首をフリフリあたふたしてるだけです。

そうしている間に体を動かしてチャンレンジすることを忘れ、麻痺させてしまいます。

そして最終的には本当に動かなくします。

繋がっている領域では

本当に自身の進化のために、、、

そしてそれにはまわりの進化も必要、という意識のもと取り組んでいるので、

たとえ、スポーツが苦手な子がいたとしても、それが得意になる術をまわりは知っています。

どうして苦手なのか、どうしたらいいのか。

それは

その子の体のことだけではなく、精神状態、さらには過去世のことも踏まえたアドバイスとなります。

しかも上手い下手で、優劣が決まることもないので、

その子は慌てることなくじっくりと取り組むことができます。

なので、みんな結果的にとても上手になるのです。

人体というはとても優れていて

自身の意識によって様々なパワーを引き出せます。

対話の仕方で導き出される結果も違うわけです。

例えば、

走る、、、こと。

これは

自分の体(様々な存在たちで構成)だけではなく

自身の足がついている地面のこと、

さらは駆け抜けるときの風のこと、、、

自分だけではなくまわりがあるからこその走りとなります。

繋がっている領域のみんな

そうすることで味わえる爽快感が大好きです。

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ストレス (分離と接続)

前提が繋がっている場合:

ストレスはありません。

理由:

ストレスとは

自由を制限されて

「こうしたい!なのに!できない!」という現実が

「できない!」から「なぜ?」「したい!」という思いのサイクルに入り

心と体の不信、負担になったものです。

繋がっている領域では

自由は制限されていないのでストレスを感じる必要はありません。

もちろん最初(子供の頃)は

すぐには希望のものができない様をストレスの初期のものとして感じることはあります。

でも

それがそのまま続くことはありません。

自分もまわりも含めて

その希望を形にするべく動くことが可能だからです。

自分でやってみたり、まわりに協力してもらったりして。

そうやってちゃんと形にできるんだ!

という現実があるし、お手本も目の前にあるので心配を拡大させることがないのです。

繋がっている領域では

ストレスという言葉もありません。

使うことがありません。

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睡眠 (分離と接続)

前提が繋がっている場合:

そんなにたくさんは必要ありません。

究極的には必要ありません。

理由:

今、地上では睡眠はとても大切なものとされています。

まあ、どのくらい、どんなふうにとるのかは色々言われていますが

とにかく睡眠は必要!とされています。

たしかに

今の地上の状態(周波数帯)ですと定期的にボディを休ませて回復させる必要はあります。

疲れちゃってますから、、、、、

でも

繋がっている領域ですと

究極的には回復する必要がなくなります。

疲労やダメージというものがないからです。

それには~

まわりの環境、

そして自身の意識の在り方が覚醒している必要がありますが。

それらが覚醒し協調している状態ですと

そこに存在しているものは疲労したり劣化することはなく進化があるのみになるのです。

(そこにいるそれらがそれを望んで、そう動いているからです)

自然があるがままに存在し

そして自分自身もその中の一部であることを瞬間瞬間、自覚している状態になると

宇宙全体の動きからなるエッセンスもよりよく循環し自然とボディは疲れたり劣化していくことはないのです。

人体はそうできているそうです。

よって

眠る必要もないのです。

では、

今も地上で睡眠を取らないでいいのか、、というとそういうことではありません。

今はやはりボディを休ませる必要があります。

地上の周波数帯は非常にダメージを受けやすい状況になっています。

意識的も、物理的にも。

なので、完全に力を抜く時間が必要になっているのです。

そして

その睡眠中に力が抜けることでボディは休まります。

そしてもうひとつ

そのボディを選択している意識(自己)もボディから解放されます。

人体のある領域(見えない部分)は、一定時間、自由に時空間を動き回わることができるからです。

その最中に様々な体験をして、それをまたボディとともに生活(生命活動)にいかすことが可能です。

夢というのは

過去の自分だったり、その相手だったり、未来の自分たちだったり、、、

時間や空間の枠を超えて自由に行き来し、出演できる術のことです。

まあでも、それを目を覚まして起きて地上の周波数帯の価値観だけで

解釈しようとするとかなり歪んで違っていたりしますがね、、、、

なので

「夢というのは現実ではない!」「ヒント程度にはなる」というレッテルが貼られてしまっています。

実際にはリアルな世界です。

単にそれをリアルに受け取ることができないだけです。

まあ、それはともかく

今は

睡眠をとり、意識を自由にし、

さらにその体も緊張から解き放つことでリフレッシュできます。

そして実は

夢の世界というのは繋がっている領域でもあります。

その睡眠で意識が自由な時に、自身は「繋がっている領域」の世界に行き、

様々なことを学んでいるのです。

それを活かし、形にするためにボディに戻ってきます。

ですので、また自分にとって心地の良い睡眠が必要にもなってきます。

量、時間帯、場所、湿度、暑さ、寝具、体勢、、、、、

今、地上ではかなり「時間」を制限されていますね。

量や時間帯は自分の好きにはできない状態になっています。

こういう状態ですと

寝たとしても休んでいるとは言えず、ただ動けない、、、という様を続ける状態になり

逆に疲れてしまうことになります。

、、、こういうことを続けていくと、、、結果ボディが耐えられなくなり

バタッ!っと倒れてしまい

実際、世間の時間帯から外れてずっと休まないといけなくなったりします。

いびきなど、寝言などは、そういったことで

きつくなっている体からのメッセージです。

不具合が起きてますよ~~って。

|

情報 (分離と接続)

前提が繋がっている場合:

情報はすべて公開されています。

誰でも自由に必要な情報を引き出すことができます。

さらにその情報は誰かの主観で作られたものではなく

「起こっていることすべて」です。

振動波として記録されています。

宇宙の歴史、銀河の歴史、太陽系の歴史、この地球の生い立ち

そしてそこに存在するすべての構成物たち(人も)の歩み。

その心。

それらから発せられている振動波のすべてを記録してあり

それらを自由に引き出したり、その中に入ったりできます。

それが真の情報というものです。

理由:

繋がっている領域での情報は

文字通り「繋がっている情報」です。

なので、自分で引き寄せれば、すべての情報とアクセス可能です。

地上では今、すべての情報にアクセスするのは無理です。

情報が分断、操作されているからですね。

そのために必要な情報がほしいと思っても

それへの道筋や量、質などは情報源とされる側にコントロールされて

結果ほしい情報は得られません。

相手の提供するものを手にするしかありません。

ってことは、、、、

情報を出す側の都合で、その情報は変えられるということです。

繋がっている領域ですと、こういったものを真の情報とは呼びません。

その情報は使えないからです。

なぜなら

その情報はある特定の存在の権利を守るために使われる情報だからです。

そのために都合の悪い情報は隠され封印されます。

そして真実にはアクセスできないようになります。

それでは知りたいということを満たすことはできません。

それは情報とは呼びません。

単純に「その人(情報源)の自我の現れ」としか思いません。

繋がっている領域での情報は「すべて」のための使われます。

そしてこれは必然的なことですが、

その情報にアクセスするには

「すべてのために使う」という心、行いができる存在でなければ無理です。

なので、

今、地上ではその真実の情報にはアクセスできない状態になっています。

「すべては分離している」という意識で

その内容を知ることは非常に無理があるのです。

まあ単純に

危険ということです。

「自分の心、行いがすべての存在に影響を及ぼす」という自覚がないまま

「自分のために!」「自分の国のために!」という理由で、すべての情報にアクセスすると、、、

そのまわりに与える影響を見失っているので大変なことになってしまうのです。

その大変なことというのは

「誰もが望んでいない状況」です。

なので、今の現状

すべての情報にアクセスするには

「まわりの存在の光に決して害を与えない」というその術を身につける必要があります。

その心と技が

アクセスコードです。

そしてこのコードは

必然的に

繋がっている領域へのアクセスコードともなります。

|

商業 (分離と接続)

前提が繋がっている場合:

ありません。

お金が必要ないので、

商売はありません。

理由:

繋がっている領域では

お金は必要ないので、それを動かすための

商業、産業、農業なども必要ありません。

みんなで

自分たちが使うもの、食べるものを作ります。

それだけで十分です。

たくさん作り、盛り上げ、動かす必要はどこにもありません。

なので、無駄もないし、無理することもありません。

この宇宙には

人がわざわざ回さないといけないものなどありません。

もうすでに十分に行き届いているんですから。

そう見えて、そう感じないのは

まさに人類が「分離の意識」の領域にとどまっているからなのです。

もう足りているはずなのに

まだ足りない!

と。。。。

|

重力 (分離と接続)

前提が繋がっている場合:

もちろん重力(や引力なども)は存在しますが、

今の地上のようにその重力に縛られることはありません。

理由:

繋がっている領域では

重力というものが何かを解明できています。

コントロールするというよりは

それの影響を受けないようにするテクノロジーを持っているということです。

地上では

現象として「重力」というものが「こういった性質のもの」と

示すことはほぼできています。

しかし、それが一体なんなのか、なぜそれができているのかは不明です。

ですので、それの影響をそのまま受けるところに位置し生活しています。

(物理的にだけではなく精神的にもです)

重力や引力などはこの星を構成し運営するために必要な

エネルギーや構成物の振動波が複合してできている、ある周波数帯で

その星にいる存在と運営方法によって大きく異なります。

大きさや質などがそれに当たりますが

そういったものだけで構成されるものではなく、

そこには目に見えない意志や意識も関わってきます。

(地上の科学ではありえない!となっていますが)

鉱物たちにも意識と意志があるとなっていますので。

つまり、大きさや質、位置関係なども

偶然でそうなっているわけではないのです。

この地球もこの太陽系も偶然でこのような位置関係になっているのではありません。

重力もそうです。

すべて必然でこうなっています。

そこにいる存在たちの意識がそれを形にしています。

重力や引力など、それぞれの関わり方、影響の仕方が合わさって今の形を形成しています。

繋がっている領域では

重力などの周波数帯、そしてそれがどのようなことで出来上がっているのかを知っているので

それの影響を受けない術も開発しています。

地上での科学はどうしても分離を前提としているものがほとんどですので

重力の解釈も現象として現れたものを検証するやり方が続いています。

中には別な見方をしている科学者の方々もいるのですが、

世には出ないようにされていますね。

「そんなことはチャンチャラおかしい!」と。

ま、それは

そう笑ってる科学者の常識が崩れてしまうと困るからですけどね。

、、、

こうなると

、、、、

これは

科学ではなく人の感情の話ですね、、、

でも

地上の重力はそれらで出来上がっています。。。。

重いか軽いかは、、、

わたしたち次第。

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