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2017年8月25日 (金)

「分離の心」と「接続の心」の違い

今、地上にある問題のすべては「分離」した意識の集合から生み出されています。

「あなたとわたしは別。」

「わたしは何も持っていない。」

前提が「自分には何もない」、、という意識が今の様々な現象を形にしています。

何もないので、希望のものを得るために探し、求め続ける意識、生き方です。

この分離のマジックにかかったまま意識が拡大、集合すると今の現状ができあがります。

しかし「分離」の反対の「接続」を前提とした意識で行動すると

今までのありとあらゆる問題は解決します。

それぞれの項目が

つながりを前提とした場合、どのように変化し、機能していくのかを記させていただきます。

ご希望の項目をクリックしてくださいませ。

・8月25日

反抗期秘密病気文化・文明平和法(法律)

魔法未来目(視力)問題UFO幽霊

妖精陸上輪廻霊界歴史 までをアップさせていただきましたー

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

悪魔

アセンション

あそび

雨(天候

意識

宇宙

エゴ

エネルギー

大人

科学(科学技術)

学校

家族

金(お金)

環境

感情

木(樹木)

気候

教育

金属(鉱物)

空気

子供

芸術

芸能

結婚

健康

建築

公園

交通

ゴミ

コンピューター

お魚

お酒

作業

寂しさ

時間

仕事

自由

宗教

重力

商業

情報

睡眠

ストレス

スポーツ

税金

政治

選挙

戦争

選択

体力

食べ物(食事)

楽しさ

ダム

地下

地球

地上

辛さ

釣り

テレパシー

電気

デモ

天国

天使

電話

動物

日本

人間

年齢

農業

乗り物

波動

パニック

反抗期

秘密

病気

文化・文明

平和

法(法律)

魔法

未来

目(視力)

問題

UFO

幽霊

妖精

陸上

輪廻

霊界

歴史

上の項目以外にどうなるのかお知りになりたい項目がありましたらご連絡くださいませ。

右のプロフィールからアクセスください。

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歴史(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

何か、特定の存在、組織だけに都合のよい歴史認識などはありません。

なので、それによっての争いもあり得ません。

誰でもそれを振り返ったり、観覧が可能です。

すべて事実に基づいたものだけが記録されます。

隠されるものなどもありません。

隠す意味がありません。

歪める必要がありません。

歪め、隠したとしたら、その歪め、隠した歴史も記録されます。

当たり前ですよね。。。

理由:

誰かの都合で歪められ、修正された過去の出来事は歴史とはいわず、

ただの「さびしい、うそ」となります。

繋がっている領域では

うそは通用しません。

そこからは何も得られないのです。

進化のために必要な情報は真実の中から導き出されます。

そのためにありとあらゆる方法で

真実の情報を記録、保存しつづけています。

そして決して消えることはありません。

これまでの地球の歴史もしっかりと保存されています。

それは人類からの目線の歴史ではなく

すべての存在たちの立場からの歴史です。

それが真の歴史です。

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霊界(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

精神だけの存在して役割を果たしている領域はあります。

理由:

幽霊の世界というと怖いイメージがありますが、

単に次元上昇した存在たちがわざわざボディを持たずに仕事をしている世界なので

別に怖いことはありません。

私たちボディを持っている存在よりも自由であり

そして意識的にも数段進化している存在です。

ですが、

残念なことに自分の意思で旅立っていない存在や

無理やりに死を迎えた者たちは

自分がボディを失ったことを認識できずに

この次元をさまようこともあります。

それもこの地上の状態がとても重たい意識の中にあるせいです。

「すべてのことは分離している」が前提での生き方になっているせいで

自分の選択すべき道や方向を見失ってしまっています。

本来

霊界、、、スピリットの世界とは

本当は新たな領域に旅立つための中継地点であって

苦しい、寂しい思いを留めておくところではありません。

次に選択したい道を自由に選ぶ空間なのです。

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輪廻(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

当たり前ことです。

それの繰り返しで、わたしたちは存在します。

理由:

単純に

突然、現れた。。。という説明よりも

だんだんと変化してきた。。。という説明の方がしっくりきませんか?

現に今の科学でも「進化してきた」というような捉え方をしているわけです。

まあ、その理由については解明されていませんが、

そういった変化する性質のものであるということは確認できています。

その角度からみても

今の自分からまた別のものに変化していく。。。

という捉え方は自然なのです。

輪廻(また生まれ変わって)という解釈が

一部の宗教の教えや、特定の人たちにしか浸透していないのは

まさに分離していることが前提での考えで「死」を捉えているからです。

死んだら終わり。

肉体が動かなくなったら終わり。

という価値観が「輪廻?まさか~~」とさせています。

繋がっていることが前提で生命活動をすると

死は終わりではなく、変化、変容、進化であると認識されます。

つまり、人からまた人に生まれ変わるということだけではないということです。

まったく別の形態に変化する場合もあるのです。

そしてそれはもちろん

自分の意思で選択するのです。

それが進化であり、生きているということです。

今もわたしたちは常に死と生を体験しているはずです。

このボディにしても細胞たちはつねに生まれ変わっているのです。

どんどん新しいものに生まれているのです。

しかし、現代のわたしたちはそれをほとんど認識せずに

日々を過ごしています。

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陸上(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

自然の営みのままにします。

人はでっきるだけ介入しません!

人以外の存在たち、、、

動物さん、植物さん、様々な存在たちのホームであり、生命活動と進化の場です。

理由:

今、この地球の土地(陸上)は人が棲み、生活する場所としては

厳しい側面をかなり有しているのです。

人々が平和に快適に暮らすためには過酷な環境なのです。

現に

自然のそのままの営みは「災害」となっています。

そこに無理に住めば、、、、

それなりの苦しい事態が訪れるのは必然です。

それでも人類は自然の営みの流れを自分たちでコントロールできないか、、と必死です。

そのために自然のままではなく

人の都合にあうようになんとかしてあーだこーだしています。

水の流れを変え、風の流れを変え、樹木たちを切り、他の生命体の生活の場を消し、殺しています。

そしてこの行いの弊害もすでに多く出ています。

繋がっていることが前提での自然とは

まさに字のごとくそのままにします。

そして人々は陸上では暮らしません。

みんな地下にある空間を拡張し快適に暮らします。

地上に出ることももちろんありますが、

自然の営みを崩すような行為は一切しません。

だって、人以外の生命体の大切なお家ですから。。。

他人の家に勝手に入り、破壊する、、、、のは

頭のよい生命体がすることではありません、、、、よね?

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妖精(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

存在していますし、もちろん対話もできます。

今、地上で妖精や精霊の存在が見えない、わからなくなっているのは

まさに自然の営みとかけ離れた生命活動のせいです。

理由:

地上の人々の意識の周波数がもっと精妙であれば

妖精さん、精霊さんたちは現れてくれます。

今の地上の周波数はかなり荒く重たいために

彼らが自由に活動するのにはかなりきつい状態なのです。

とはいえ、とても調和のとれている場や空間は存在しますので

そういった場所では目にすることもあります。

しかし基本的に

「いない!」と思っている存在に

わざわざ「いるよ!」と見せびらかすことはしません。

昔は地上でも彼らとの対話を大切にしていた民族や人たちはいました。

そうやって共同で自然のサイクルに適した生活していたのです。

が、物質主義になった現在はそれらの協力体制もわずかになってしまっています。

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夢(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

夢、、、寝ている時に見たり、体験したりする記憶は。。。

現実であると認識されます。

理由:

まず、現実でないものはありません。

すべては

たった今起こっていることです。

幻想や妄想、錯覚というのは分離した意識の中だからこそ起きます。

繋がっている意識の中では

寝ている時も覚醒しています。

ボディから意識が飛びだし、様々な体験が可能です。

その自由度により様々なことを体験し学ぶことができるのです。

ボディがあってはできないこと

ボディがあるからこそできることを学びます。

そして、寝ている時の夢ではなく

自分が目指す「夢」もありますが、

この夢も現実です。

実際に形になります。

その夢は何かを破壊したり、自由を制限したりするものではありません。

すべてが平和の中を歩めるように、、、という夢です。

繋がっている領域では

それを形にすべく、自分もまわりも心し、実践するので実際にそうなるのです。

夢を諦める。

夢を妥協する。

夢は叶わない。

などは

ありえません。

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幽霊(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

いわゆる

こわ~~い幽霊はいません。

怖くない幽体の存在はいます。

まわりの人たちももちろん認識しています。

理由:

繋がっている領域では

ボディを持たずに役目を果たす人たちもいます。

彼らの中にはとても進化している存在もいて

自らの意思でボディを即座につくりだしたり、

無くしたりもできます。

自分のミッションに肉体が必要であれば

それを形にして役目を果たします。

それが終われば、また肉体を分子レベルに戻し、

スピリットだけで移動します。

まさに自由にどこにでも。

今の地上で

幽霊、怖い!となっているのは

まず、「見えない」「正体不明」そして「事故」「事件」「死」を連想させて、そうなっています。

これはまさに

分離していることが前提での発想です。

肉体を持っていなければ、得体の知れないもの、、、と決めつけてしまう。

肉体を持っていなければ、他人のように、、、忘れてしまう。

肉体を持っていなければ、ちゃんと、生きてるとは言えない。

繋がっていることが前提での発想では

こういったはあり得ません。

肉体を持っているいないに関わらず、全部、つねに生きています。

たとえ、ボディの役目が終わってもその人の心(スピリット)の旅、使命は終わりません。

繋がっている領域ではボディを去ることは次へのステップであり、進化です。

なので、自分自身で自覚して去ります。

今の現代のように、自分の意思とは関係なくボディが破壊されて動かなくなったりはしません。

なので、ボディを去った存在とも心と心で会話することが可能ですので

不明でもないし、死んでもないのです。

ゆえに怖い存在ではないのです。

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UFO(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

UFO(未確認飛行物体)ではなく

すべて認識され、確認できる乗り物、宇宙船となります。

理由:

繋がっている領域での科学技術の基本は

関わってくれる素材たちとの交信し、

そして平和を形にするものです。

そこから生み出されるものは

安全であり、決して他者に対して害のないものです。

繋がっていることが前提での文明から作られる船というのは

そういった素材たちで構成されています。

今、地上で実際(フェイクもありますが~)に目撃されているUFOは

目的があって現れています。

よく「偵察している」と言われますが、

偵察は別に目撃されなくてもできます。

わざと見てもらっているのです。

答えはわかりますよね?笑

「わたしたちもいますよ~」というお知らせです。

「未確認のままじゃなくて確認してもらえるか~い」と。

ではなんでもっとはっきりと出て来ないのか??といえば、

たった今

地球と友好関係を結びたいという存在や

宇宙船が目の前にはっきりと現れ降り立ったら、おそらく地上はパニックになるでしょう。

もちろん歓迎する人もいるでしょうが、、、かなり少ないでしょう。

ほとんどの人は逃げるか、攻撃するか、卒倒するかでしょう。

こんな状態では決して降りて来られません。

ですので、少しずつ、ちょっとずつ見せてくれているのです。

そのタイミングや場所もしっかりと厳選されたものです。

適当には決して現れたりはしません。

全部、必然でおきます。

ただ今までの地球の歴史では

繋がっている領域からのアクセスだけではなく

分離した意識の存在たちも来ていました。

彼らの宇宙船を目撃したという話もあるわけです。

そして彼らの乗り物は壊れたりもしますので

それらが色々と作り話しや憶測をうんできたのです。

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闇(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

闇は忌むべきものではありません。

理由:

繋がっている領域でも「闇」は闇として認識されていますが、

捉え方の幅がまるで違います。

今「闇」と言えば、、、、

暗い、怖い、悲しい、苦しい、嘘、不正、悪、またそれにつながる組織や思想、、、、

と、良くないイメージだと思います。

、、、

それはまさに

分離していることが前提での考え方で

「闇」の一部分だけを見ている状態です。

そして

その一部分とは、、、

人類の歴史で「都合の悪い」部分のことです。

その人にとって知られたくない歴史です。

その一部の都合の悪いところを集めたものが

今の「闇」、、忌み嫌われる闇です。

またそれを持っていることも嫌われる原因になるので隠してさらに暗闇に見えなくします。

このやり方のせいで

人類の歴史は相当に歪められて伝わっています。

真実ではなく、少しの人の立場が崩れないようにするための歴史になってしまうのです。

こういった歴史感や価値観では

都合の悪い歴史をコントロールするための悪魔や悪の組織が創造されるのは当たり前です。

繋がっている領域には

都合が悪くて隠しておかないといけない歴史はありません。

どんな歴史もそれを求めれば知ることができます。

どんな歴史も忌み嫌うのではなく

その歴史から進むべき道を導き出すことができる、貴重な財産なのです。

何も隠されていない(隠すことは無理!)からこそ

そこから必要なものを引き出せます。

最適に。

隠されていたり、特定な人たちだけが知ることのできるような歴史では

それがどんな道筋で築き出されたのかがわからないために

結局は同じことを繰り返してしまったり、さらに先に進めなかったりするのです。

まさに

現在がそうです。

今の地上にある「闇」の問題を解決するには

たった今の人類皆が自分たちの歴史すべてを受け入れて

謙虚な心になるしかありません。

それによって、

真の光が発せられ、今まで闇に隠されていた情報にも光が届けられるのです。

光が届くということは、、、、

例え、だれかのあまりにひどく賞賛できない歴史だとしても、、、

実はそれは「誰かの!」ではなく、過去の自分自身であると認識されるのです。

なので、まわりから避難される歴史はなくなり

本来、観覧自由なのです。

それが真の歴史であり、闇の役目です。

光と共に過去を詳細に現すことが闇の役目なのです。

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森(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

樹木がある地域は、自然のままになっています。

樹木さんは意識を持った生命体なので

人の生活の素材として切る倒すことはしません。

なので、林業もありません。

今の地上も本来

ほとんどの地域は樹木さんたちのホームです。

ですが、人の生活がそれを壊しています。

樹木たちを単なる素材として見ているからですね、、、、

理由:

「全てが分離している」ことが前提ですと

人と形態が違うものが意識を持ち、対話できる存在だなんて!あるはずない!となります。

ずっと昔はそうではありませんでした。

樹木たちは生きている、、、なのでむやみに切り倒すのは良くない、、、とされていました。

しかし、分離している意識が続き、受け継がれていくうちに

樹木たちに対しての労わる気持ちも分離していったのです。

そして今のような有様になっています。

木が必要だ!と言って、たくさん植えても、結局それを使わないで森の機能を低下させる。。。

で、面倒だから、もっともっと手軽に手に入れられる方法で森をどんどん小さくしてる。。。

繋がっている領域では

樹木さんは大切で重要な情報を有してくれている教師であり、友人です。

触れ合い、対話することはあっても

対話もせず、切り倒すことは決してありません。

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問題(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

解決できない問題はありません。

ですので「困った問題」というよりは

それに関わり、解決への道を進むことは

進化のための重要なミッションとなります。

理由:

自身の道を進む上で様々な存在との出会いや出来事は

なくてはならないものです。

その途中では、もちろん楽しいことだけではないときもあります。

今までの選択の仕方では対処できない出来事や

さらにレベル、繊細さをアップさせる必要があるミッションが目の前に現れます。

それはまさに自分自身がその出来事を選択しているからなのですが、

今、地上で「解決できない問題」が発生しているのは

「目の前の今があるのは自分自身での選択した結果」と認識していないからです。

どんな状況だとしても

結果的には自分自身で決めて、ここまで来ているのです。

しかし、今はそうではなく

誰かに連れてこられた!と思っているせいで

起こった問題は「自分で起こしているのではなく」、

「他の誰かが迷惑なことをしてるんだ!」と思っています。

そういった人たちが集まれば、、、

今のようなことになります。

問題が解決しない。

、、、

だって、そうですよね。。。。

自分が取り組むべき問題を、、、誰かにやってもらわないと!ってなっているわけですから。

誰かに頼むとしても、それに対して協力するってよりは、しっかりやってるかどうか見張ってる状態。

そんなことで

じぶんの目の前にある問題を解決できるわけがありません。。。よね??

現実、できてません。

今、地上では多くの人、、、ほとんどの人が

自分の置かれている境遇を誰かのせいにしています。

政治家、国民、システム、お金、価値観、誰か、何か、、、、

すべて、自分自身に関わっているものです。。。

が、別の何かの責任しているのです。。。

つまりこれは、、、

今の有様は自分のせいだけど、、、

そして求めているものは足元にあるのだけど、

それなのに、、、な~~にもできずに途方に暮れて立ち尽くしてる様。。。というとても悲しい状態なのです。

繋がっている領域では、こういったことにはなりません。

政治、民、価値観、まわりに誰か、、まわりの何か、、、

すべて自分と繋がっているもの。。。

自分のまわりに見えている、感じているものたち、、、

政治も、価値観も、、、何かも、、、

全部、自分なのです。

それはつまり、今の現状をまわりのせいにすることはないということです。

なので、自身の問題は自身で解決可能です。

もちろん、自分自身、、、つまり繋がっているすべての存在たちの知恵をかり、活かし解決します。

そういった人たちが集合している社会では

解決できない問題はないし、

さほど、大きな問題は発生しません。

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2017年8月24日 (木)

目・視力(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

視力は無限です。笑

理由:

繋がっている領域での人の目の役割は

物理的に可視光線を取り込んでいるセンサーというだけではありません。

全てを連動して捉えているので

目の機能としてのセンサーだけではなく

他の様々な要素も連動させて視覚します。

つまり全てを見通せることも可能です。

千里眼です。

今、地上の人たちが視力が悪いのは

環境の悪化、それに伴う体力の機能低下もありますが、

分離していることを前提とした意識、捉え方のせいで

本当に見たいところを見失ったり、ピンがボケてしまうのです。

みるべきところを見ないようにしているということは、、、、

何も見ていない、、、と同じなのです。

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虫(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

いわゆる害虫や、毒性を持つ虫はいません。

必死に生き抜くサバイバルな領域ではないために

そういった攻撃的なものは必要ないのです。

全ての昆虫たちは自然が育まれるために必要な存在です。

理由:

繋がっている領域では自然はそのままになっています。

その

人が立ち入らない領域には

様々な昆虫がいます。

しかし、人が生活している空間には人や環境に害がある昆虫はいません。

昆虫たちは自覚して人と協力し生態系を育んでくれています。

もちろん対話も可能です。

いま、地上で毒を持つものや大量に発生して環境に影響を及ぼす虫たちがいるのは

自然が自然のままになっていないからです。

それらの昆虫や菌たちは、自然のままの流れに戻すために

今進んでいる道から逆境するような作用を発動させているのです。

彼らは害虫と呼ばれてますが、

まさに今人類が採用している方法と同じやり方で「素」に戻しているだけなのです。

害虫を生み出しているのはまさに人類の集合意識なのです。

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未来(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

未来は

常に無限の可能性として存在します。

そして、予見しようと思えば、予見もできます。

理由:

未来というのは

「たった今」の「その先」のことです。

そしてその連続体です。

繋がっている領域では

その連続を察知することができます。

未来を予測などできるはずない、、、

またそれをしたらつまらない、、、

などと思われますが、

まず、予見できないのは

まさに分離していることが前提での意識のもと自分を捉えているからです。

自分自身がどんな選択をするのかが不明だったり、揺らいでいたりするので

次にどんなことが起きるのかがわからないのです。

そして

その「先がわからない、、、」ということがずっと続くと、、、

未来を見ることもしなくなってしまいます。

なので、今、未来は、、、、いったいどうなってしまうのだろう、、、となっているのです。

繋がっていることが前提の場合は

そういったことにはなりません。

常に自分の選択が一貫していますので、

その先にどんな道があるのは明らかです。

さらにそれは自分だけということではありません。

自分の周りにいる人たち、存在、みんながそういう選択の仕方をしていれば

さらに先が明らかになってきます。

だって、み~~んな(人だけじゃないですよ)で協力して進むわけですから

途中で「ぎゃ~~!なんでこんなところに来たの!!」なんてことにはなりません。

さらにさらに、過去へのアクセスも可能です。

なので、その先にどんなことがあるのかを過去の流れを検証し予見することも可能なのです。

分離していることが前提の場合、この過去へのアクセスもかなり歪められているので

、先を見ようとしてもボヤけ、歪んでしまいはっきりしないのです。

そのために過去世も「まゆつば」になってしまっているのです。

繋がっている領域では自分の過去世も全部受け入れて前に進むので

過ちを繰り返すことなく、その先も最善を選択できるのです。

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道(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

自然の中、

つまり地上に人や車が通る道は基本的にありません。

理由:

繋がっている領域では地上の自然はありのままに保たれます。

その中を人が進む場合、できるだけ自然を壊さないようにします。

乗り物などは、地面に直接触れるようなものはありません。

地面から少し浮く状態で進む乗り物を使います。

人が歩く場合も基本は素足です。

星の中で地殻にあるコロニー同士を繋いでいる道がありますが、

それもその星の進化に影響を及ばさないルートや手法を使っています。

またコロニーの中には人が作った道はあります。

それらもそこに流れる様々なエネルギーを妨げない道のつくりになっています。

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水(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

お水さんは生きています。

そのお水さんを体の中に取り込むことによって

さらに心と体は生き生き、みずみずしくなります。

お水さんは生きているので対話もできます。

そしてお水さんの流れを滞らせるような環境は決して作りません。

お水さんは自分たちがどこにどのように存在したらいいのかを知っています。

それはこの星のすべての存在にとって相応しい流れや位置です。

人だけのためのものではありません。

理由:

今の地上でのお水さんの流れはかなり滞っています。

分離した意識から、お水さんとも対話せず

本来流れるべきところをバシバシ塞いでいます。

そのためにお水さん自身も自分たちの流れるべきところを見失い

極端な形で降ったり、流れたりする結果になっています。

人がお水さんの流れに介入することで

地上の環境はかなり汚染されています。

滞ることで腐り、お水の役目を封印してしまいます。

それはまさに人体にも同じで

人体も多くはお水で成り立っています。

そのお水が汚染されているので

体もそうなります。

「癒しの泉」が地上にもありますが、

それは人が(できるだけ!)介入していない自然のままのところのはずです。

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魔法(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

いわゆる「魔法」は当たり前に存在します。

ただし、それは現代のストーリーにあるような

何かを攻撃したり、呪ったりするような類のものではありません。

理由:

その現代の魔法も「自然エネルギー、物質」や「精霊」の協力を得て

それに「想念」などを組み合わせる方法ですが、

繋がっている領域でも同じです。

そして

それは特別なことではなく当たり前のことであって

そういう法則のもと自分たちが成り立っていることを知っているので

まさに日常で魔法を使い、体験している状態です。

しかし、今の地上では

その当たり前のことは

「あり得ないこと」「まゆつば」「うそ」「信じない」と捉えられています。

なので、、、

まあ、その通りの形となります。

魔法は空想の世界の中だけで表現されます。

、、、

ですが、、、

よくよく考えてみてください。。。。。

この私たちの体やその周りの環境、、、

まるで魔法で出来上がっているとは思いませんか、、、。。。。。

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法・法律(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

平和を形にする法です。

内容はとても繊細ですがシンプルです。

何かを制限しまくる法ではありません。

理由:

繋がっていることが前提の場合

その社会にいる人たちを締め付ける法は存在しません。

その必要がありません。

すべて「愛」「ひとつである」を基準としています。

今の地上にある法も

「愛」「皆家族」「平和」を基準としています。

が、分離していることが前提での意識、そしてそれに基づく選択のために

本当は「愛」を基準にしたいのですが、

「愛」が分離してしまい形にできず、、、

「愛、平和をなんとかして!どうにかして!形にしなくては!」という法になってしまっています。

そして

形にできないのは「だらけているからだ!」として

自由はNGにして色々、強制しています。

神や愛の名の下に。。。。

しかし、今までの歴史が物語っているように

いくら平和のためとはいえ、人々を強制するようにして「永続する平和」を得られたことはありません。

繋がっている領域の人々はそのことを知っています。

自らが歩んできた道でもあるからです。

その歴史を繰り返さないために

今までの法を捨て、新たな法、意識を選びました。

戦い、脅し、強制するのではなく

慈しみ、愛し、自身の進化を選んだのです。

戦いは、相手を自分よりも怖い存在に変化させます。

相手を打ち負かす武器を開発すれば、相手はさらにそれを上回る武器を開発するのです。

そして最後には共倒れになるのです。

愛は、相手を、自分を愛す以外に何もありません。

それを受けた相手次第です。

そして愛が広がるだけです。

つまり自身の存在が進化し大きくなっているとも言えるのです。

愛で周りの存在たちを癒すことができます。

そしてその法は

宇宙の中で常に有効です。

その法で宇宙が成り立っていることを

繋がっている領域の人たちは知っています。

なので、その法に背くよりも

共に行く方が自由に平和に宇宙を旅し、探求できることを知っているのです。

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平和(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

平和は現実のものになっています。

そしてそれは一時的なものではなく永続的に存在します。

理由:

まず「平和」な世界には

苦しみ、悲しみ、嫉妬、優劣、お金、死、汚染、戦い、悪、制限

がありません。

そして

そこにいるみんなが自分の役目を自覚し実行しています。

さらにその役目というのは

自分のためだけの役目ではなく、

「まわりの存在すべてのため」の自分自身で選んだ役目であることも理解しています。

なので、自分の進むべき道で何かと戦ったり

何かを制限したり、解決できない苦しみにあったりすることはありません。

自分もまわりも進化するために、自身で選んでいる役目があるのです。

もちろんまわりもそれを認識しています。

なので、自分にもまわりにも害があるような選択はしないのです。

そしてつまりはそのまわりと真の自分から適切なサポートを受けることも可能になるのです。

それらの人たちが暮らす世は、、、、

平和ですよね。。。

今、この地上が平和ではない原因は

「分離を前提とした選択」の仕方によるものです。

上にある、苦しみ、悲しみ、、、、そしてそれらを紛らすためのお金や戦いは

すべて「私とあなたは分離している」という意識から発生しています。

離れているという思いから、求めることとなり

それのために奪い、戦うことになるからです。

繋がっている意識の場合、求めることはしますが、

決して奪うことはありません。

協力を得るのです。

まわりすべての協力無くして平和はあり得ません。

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文化・文明(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

すべて調和がとれており、平和が形になっています。

戦ったり、侵略するような文化文明は存在しません。

理由:

戦うことや奪うことは

自分自身に攻撃し、自分自身から自由を奪うことと等しいからです。

そんなことをすれば

自分もまわりも進化できません。

繋がっている領域にも

様々な文化文明がありますが、

それらはそれぞれの特徴がありながらも

バラバラの法則やシステムを選択しているわけではありません。

「すべては愛のエッセンスで繋がっている」

「皆で進化するためにすべてを共有する」

「まわりの自由を決して侵害しない」

これらのことを共有することで

たとえ文化文明、進化の度合いが違っていたとしても

平和に関係を築くことができ、みんなでさらなる進化も可能なのです。

しかし、現在の地上では

上の3つのことの逆のことが行われています。

「愛で繋がってる??なんじゃそりゃ!くだらん!」

「すべてを共有??ふざけるな!俺のだ!」

「勝手にしますよ!邪魔する奴は痛い目にあうぞ!」

と。

なので、ほとんどの人が戦っています。

だれかと。

なにかと。

じぶんと。

これはすべては分離していることを前提としている考え方からきており

このような文化文明はある一定のところまでは進化できますが、

必ず、途中で戦いが起き、それまでの文化文明は崩壊し、

進化が止まるだけではなく、生活水準としてもかなり後退してしまい

もう一度、はじめからやらないとダメになってしまうのです。

しかし

繋がっていることが前提の考え方によって

奪うことなく、真に得たいものを得るための方法、、、、、すべての存在に協力を仰ぐ。

戦わなくても、真の強さを得る方法、、、、自分自身との対話。

、、、道みき出すことができます。

それによって

平和を形にしていながら、決して何者にも侵略されない文化文明を築くことが可能なのです。

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服(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

主に植物性のものを着用します。

日常、締め付けるようなものはあまり身につけません。

理由:

まず、服がお店で売られていることはありません。

お金がないので、経済を潤すための服を売るシステムはありません。

日常で着る服などは支給されます。

さらに

今、地上にあるようなデザインが違った多くの服はありません。

だいたいどれも

ゆったりと着られる植物由来のものです。

服のデザインや個性で

自己を現すことは日常ではしません。

繋がっていることが前提の社会では

みんながみんなをちゃんと認識でき、しています。

服やその他のもので

「自分はこうだ!」というようなアピールをする必要がありません。

というと

「面白くない!」

「やっぱり個性が感じられない!」

となると思いますが、

繋がっている領域では見た目も大切ですが

その中身の方にも重きをおいています。

服などで個性をアピールしなくても

自身の存在と使命(ここに来た理由)そのものが個性であり

それらをまわりの存在と共有する方がスムースに

そして明確に個性を知ってもらい、認めてもらえるのです。

さらにその服自体の色、形などもとても重要です。

色、形なども

それぞれの周波数を受信発信しています。

つまりその色、形で

それを身につけているものにも影響があるということです。

今、地上では

ゴムなどで締め付けるものが多いですが

それを日常、ほぼ常時着けています。

実は、その「締め付け」はその人にかなりの影響を与えています。

肉体的にだけでなく、精神的にも影響を受けています。

常に締め付けている状態から

肉体的にも、精神的にも必要なものが流れづらくなっていて

様々なものが滞っています。

繋がっている領域では

身につけるものにも心を配ります。

シンプルで着やすいもので、デザインもとても素敵です。

服も環境の一部なのです。

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病気(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

ありません。

体や精神の調整はしますが、

具合が悪くなることはありません。

理由:

体や精神が病に陥るような生き方を選択しません。

病気もないので

病院もありません。

今、地上で病気が蔓延しているのは

その人、そして人類の選択の積み重ねであり、その結果です。

じつは「病気」が先行していることはほぼありません。

その人の歩み中で作られるのです。

もちろんまわり(人や環境)と協力して。。。。。

繋がっている領域では

この先、病気になる方向や道筋を決して選びません。

なので、調整程度で済むのです。

分離していることが前提の社会では

「この先」が分離していて見えないために

今自分が歩んでいる道や方向を見失ってしまうのです。

その結果、突然「え!」というように病気が現れるのです。

「むむ、、、病気がやってきたぞ、、、」と見極めている人はほぼいません。

分離した歩みのすえ

目の前に病気が現れたとしても認めたくないためにそっぽを向いています。

でもそれももう耐えられなくなり

受け入れるしかない状態になり、、、

どうしているかといえば、その病気と「戦って倒そう!」とします。

これはどういうことかというと

自分の歩み、、、

つまり

過去と今の自分自身を「戦って倒そう!」としている状態です。

さらに細かくいえば

「自分自身との戦い」というよりは

自分でも正体がよくわかっていない「薬」というものに

自分を倒してもらうわけです。

できるだけ、そっと、、、。

これは、、、かなり意味不明の状態です。

自分の暗殺を誰かにお願いしているわけですから、、、

自殺でもないし、、、寿命でもないし、、、

誰かに殺してもらう、、、

今の医療の治療のやり方は

自分自身の歩みがどんなだったのかを振り返るというよりは

「都合の悪いところだけかき消して!」というやり方です。

これでは結局なぜその病いに至ったのかを知ることは無理です。

なので、病いは繰り返すのです。

さらにその病いをなくす薬を作ったとしても

また別の新しい病いが現れるのです。

自身の道を振り返る、、、。

過去の自分と対話することで、自身の歩みを知り、

病いへの道筋を見つけ、その歩みの方向性、やり方を変えた人は

再びその病いにかかることはありません。

現代の「病い」とは

戦う相手ではなく、向き合い、対話すべき自分自身の歩みなのです。

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秘密(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

ありません。

どんなことだとしても

それが隠され、封印されることはありません。

理由:

まず、そうする理由がありません。

繋がっている領域において

秘密にすることで得なことはありません。

たとえば、、

「自身の思いを外に出さずに秘めておく、、、」

え?

なんで?

と、なります。

思いを表現し、確認し、まわりの存在と共有しあう。。。

その方法の方が結果、自分の思い通りにいくからです。

もし隠したとしても、完全に隠すことは不可能です。

繋がっている領域からはすべてとつながれるので

その隠したもとを見つけ出すのは簡単だからです。

繋がっている領域からすると

隠すこと自体が無意味なのです。

隠せないのに、、、、と。

隠してどうなるの?、、、、と。

秘密、、、という価値観が有効なのは

「分離していることが前提」の世界だけです。

しかも有効だとしても機能し続けるわけではありません。

それは、、、

たとえ、何かを秘密にしたとしても

分離を前提とした世界ではその「秘密を保持する」という

使命さえも分離していってしまい形として成りきらないのです。

さらにその秘密を作った理由は

非常に個人的で身勝手なものなのです。

それが国家を揺るがす秘密であっても

だれかのちょっと恥ずかし~い秘密だととしても

結局は自身の立場が動揺したり、崩れないようにするためのものです。

しかし今「秘密」というものははだれにでもあって、それは「守る義務」があると思われています。

その一方、国家の機密のようなものは隠すのはおかしい!とも思われたりしています。

その秘密を明らかにする基準も立場や状況によって異なり、あやふやです。

ですので、明らかになることで動揺し崩れるものが発生し、

それを防ぐために「秘密」をめぐって戦いが起きています。

そしてその戦いが「秘密を守るため!」であって

正しいことのように位置付けています。

繋がっている領域からすると、それは大きな勘違いです。

まず

互いに秘密を持たなければならない関係性がそのままになっていること自体が

非常に未熟な状態です。

さらに

その未熟な様を隠しているのです。

つまりそれは、、、「進化はなく停滞になる」だけなのです。

さて

どう未熟なのかというと

秘密を持った者は、その秘密を知らない、知らされていない側の存在に

「真実を伝える能力」がないのです。

自身の心や行いをよりよいタイミング、形で表現することができない

対話能力のない様なのです。

秘密を守るということも

優しさや、正義といったでものではありません。

よりよい形で真実を伝えることができないからといって葬り隠す、、、。

これが果たして優れた生命体がすることでしょうか?

さらに掘り下げれば、、、

平和を形にできないNGのシステムや情報を隠しているわけです。。。。

「国家の平和のために!」とかいっていますが、

実際に平和が形になっていないわけですから、、、

その「平和になっていない社会」の秘密なわけです。

本来は、そのすべてを明らかにして

その社会すべての人々と共有するべき情報です。

そうでなければ結果

自分たちの歩みのNG部分を見つけられずに

同じ過ちを何度も繰り返してしまうことになるのです。

では、すべての情報は

すぐにでも明らかにされるべきなのでしょうか?

実はそうではありません。

「よりよく伝える」ということはタイミングがあるということです。

その事実を知りたくない!という人も現実にはいるからです。

知りたくもない事実を知ってしまうことで激しく動揺し精神崩壊してしまう人もいるからです。

残念ながら、その人たちがいるのが「分離を前提とした社会」だけなのですが、、、

つまり「秘密」というものがある社会の場合、すべての情報を明らかにして

提示するということは、事実を受け取る準備のできていない人たちにも

見せることになるのです。

それは相手の歩みに干渉することになり

正解ではないのです。

事実、真実を知る、、、ということは

その人が

「必要な情報を自由に得る」ことであって

「すべての情報を得る」ことでありません。

繋がっている領域では秘密になっていることはありません。

情報はすべて解放されています。

そしてそれらの情報を引き出す側も

どの情報をゲットしたらいいのかを知っています。

情報とは

むやみに引き出され、ひけらかされるものではありません。

秘密を持つということは

ただ単に正体を現すことができない様であり

なおかつそれをも隠しているので

自身の数パーセントしか現していない状態なのです。

そのことが様々なパワー不足を生んでいます。

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光(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

いま、地上で主に認識されている可視光線や

赤外線、紫外線といったくくりだけではなく

無限の幅と可能性を秘めています。

光は創造のエネルギーであり

光の作用で様々なエネルギーや存在物を生み出します。

繋がっている領域ではその法を熟知しており

平和な生き方に活用しています。

理由:

地上の科学で認識されている光の性質などは

それらを感知できる機器によって確認し識別されています。

しかし、宇宙にはそれらの機器では

感知できない領域があります。

その領域にも光の作用は有効であり機能しています。

ただ、地上で人々がそれを利用していないだけです。

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火(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

いわゆる、ユラユラと見える「火」は使用しません。

理由:

火の影響によってその対象には大きな変化がおきます。

その変化は本来の姿から大きく変化します。

そしてその詳細は炭になっていくということなわけですが、

これは生命体にとっては素にもどる、、、

すなわち、生体エネルギーがなくなることにもなるのです。

なので、

繋がっている領域では

火は使いません。

「熱」というエネルギーはもちろん使いますが

熱を起こすために火は使いません。

食べるものに熱を使う場合も

火で焼くのではない形で熱を加えます。

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反抗期(分離と接続)

前提が繋がっている場合:

若い年代に一時的にはありますが、それがずっと続くことはありません。

理由:

繋がっていることが前提だとしても

わたしたち人間の形をした生命体は一時的に

自分のありたい姿とは別のものを選択するときがあるのです。

そして実際にそれに位置し、体験することで

自身の中心の対極にあるものが何かをすべてで感じ、体験し、知るのです。

そのことを全身全霊で感じることで

さらに自分の進むべき道を改めて確認し

明確に進むことが可能になってくるのです。

そして

この意識の変容は

子供から青年へと成長していく過程でおきます。

なので、繋がっている領域ではそれをよりよくサポートする体制も整っています。

子供達が反抗期に入ったとしてもまわりが動揺することはありません。

必要で起こっていることであり

しかも一時的なものなので、優しく、あたたかく、ラフに見守ってあげるのです。

またそういった時期に入っている子たち同士、一緒にいることで様々なことを対話、共感し

自分が位置している「反抗期」を一人悩み苦しむものとしないようにしています。

みんな同じ道を通ってきており

それとしっかり向き合うことで

さらに自身の道が明確になることを

仲間だったり、それを体験している先輩たちから学ぶのです。

残念ながら、いま地上での「反抗期」は厄介なものとして定着していて

それとしっかり向き合うというよりは

知らんふりをして関わらないようにしたり

「反抗」できないように強制てしまいます。

それによって

子供達は寂しさが増し、強制されているせいで

自分とは対極にある存在のことも知ることができず、、、

結果

自分しかいない、、、

自分のことしか考えられない、、、

状態になってしまうのです。

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